独裁者
プロット
アメリカ
Nov,03 2022 In Theaters
独裁者たちのとき
プロット
ベルギー・ロシア合作
Apr,22 2023 In Theaters
小さな目撃者(1971)
プロット
イギリス
Oct,08 1971 In Theaters
小さな目撃者(1999)
プロット
オランダ・アメリカ合作
Mar,10 2001 In Theaters
小さな死
プロット
フランス
May,28 2004 In Theaters
小さな唇
プロット
イタリア・スペイン合作
Jun,04 1988 In Theaters
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独裁者と小さな孫 Comments (20)
ぼやかされたラストシーンが…
劇中とエンディングに使われたブルースというかフラメンコというかしゃがれた声の歌が印象的。
マリアは何歳?
おじいちゃんものを探していて辿り着いたお話。
ロシアの方の革命とか戦争をモデルにしているらしいのですが、勉強になります。
こういうことするんだ、とか具体的な戦争のグロさとか。
でもそういうのを、全然ダメージ受けないようにさらっと描いていて、何かいい感じ。
勉強として色々頭に入って来る。
リアルに色々表現すると、重くなってしまって「勉強になる」とかそういう余裕がなくなってしまったりトラウマになってしまうので・・・。
このお話はとてもキレイな少女漫画(グロい表現のないという意味)を映像化した感じのものです。
なんか現実味がなくて「あれ・・・?」という感じ。
最後のセリフは良かった。
『独裁者を殺しても、国内ではまた暴動が起きる。
結局いいことが起こる訳がない。
人を殺したところで、
復讐をしたところで、負の連鎖を生み出すだけで何の生産性もない』
国を良くしようと尽力を尽くしても、「統治するもの」が国をまとめないと国が良くならない。
でもそれには限界がある。
あるいは、もっと状況が悪くなっていく。
統治者が権限を持っていれば、どんなことも出来てしまうから人は抑えつけられる方向に行ってしまうから。
国を良くしようとした結果が、統治者の独裁化なのだ。
独裁者を独裁者たらしめるのは民衆であり、
独裁者を殺したところで、国中で混乱が起こるのは明白なのである・・・
良い例がヒトラーとフセインだろう。
死んだ後に国中で大混乱が起き、
中東ではフセインがいた頃以上に紛争が激化している。
何かそういうのをほんの少し考えさせられたというか。
それに気づいただけでも勉強になりました。
少女漫画を映像化した映画、ととるとすごく素敵なお話かもしれません。
ドラマ映画ならぬ、少女漫画映画。
映画としては・・・なので低評価です。
泣いたり、踊ったり、発言がとにかく子供らしく無垢で、可愛らしい!
大統領はというと、孫のせいかそんな悪い人間に見えなかった(コレこそがこの作品の落とし穴だろう)が、昔は独裁政治で国民みんなから恨まれてますねー。
自分が作り上げた世界で逃げ回る大統領でしたが、その逃走劇の中で国民の現実を知り、色々もやもやしており、最後にはあまり抵抗をしなかったように見えた。
僕がこの作品で感じたのは、どんなに逃げ回って改心しても、起こってしまった事は変わらない、罪は消えない。人間は優雅に生きようが貧しく生きようが、喜び・悲しみ・恨みなどは過去にしか置いていけないし、今を生きるのにも過去というのは足かせになってしまう…と、いうコトか。
大名作
これをヒトラーに例えたらどうだろう。
ある独裁国家が崩壊。独裁者は国内を逃亡。その逃亡劇の中、犯してきた我が政権や苦しませた国民を目の当たりにする…。
糾弾される事はあっても、罰せられる事は無い。
それどころか擁護され、逃亡の助けられも。
多くの国民を貧困にし、苦しませ、時には処刑すらしたというのに…。
これがこの独裁者一人だったら納得いかないだろう。
逃亡の同行者に救われた。
幼い孫。
その純真無垢な存在、瞳。
当初は“独裁者”と“後継者”だった。
旅芸人のフリして逃亡。
次第に“祖父”と“孫”になっていく。
序盤、町中の明かりを電話一本で明滅してみせて高笑いする二人。中盤、ひもじさの中、野鳥の卵を見付けて嬉しそうに笑い合う。その対比が印象的。
決して祖父と孫のハートフル・ロードムービーではなく、あくまで社会派作。
しかし最後は、それら悲しさとほろ苦い感動が絶妙に入り交じった。